大阪1区出身  元NHKディレクター さかいゆき

大阪生まれ大阪育ち さかいゆき(堺井裕貴)プロフィール

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プロフィール

昭和43年1月17日大阪市中央区生まれ

学歴

追手門学院小学校(中央区)卒業

神戸女学院中学・高等学校卒業

神戸女学院大学文学部卒業

京都大学法学部卒業(故・高坂正堯教授に学ぶ)

職歴

NHKディレクターとしてニュース番組の取材制作を担当

現職

NPO法人「安心安全な生活を考える協議会」理事

「ママチャリ・子どもを守る会」創設者・代表

芦屋大学特別講師

著書

『ママパワーが日本を動かす』(星雲社)

家族

夫と長女7歳、次女0歳

昭和43年1月17日、大阪城の隣にある大手前病院にて生を受けました。両親は根っからの商売人の家系です。

太陽の塔の前で、ひいおばあちゃん、おばあちゃん、お母さんと4世代で記念撮影。大阪万博は高度制経済成長期で、日本にとってすべてがバラ色の時期だったかもしれません。

神戸女学院中高部卒業

校舎の地下には今でも豊臣時代の大阪城石垣が埋まっています。
毎日校舎の窓から大阪城を眺め、図画の題材と言えば、真横に見える大阪城が定番でした。体育の授業ではよく大阪城の中を走りました。

追手門学院小学校

初めて神戸という別の地域に行くことになりました。
大阪から神戸に通う道のりは、10代にとっては空腹の道でもありました。帰りにはトリプルのアイスクリームを食べるのがクラブ活動仲間との日課となりました。

神戸女学院大学文学部英文学科

大学は英文科で、語学にのめり込みました。同時通訳の専門学校にも行って通訳士の資格をとりました。写真はプロゴルファーのリー・トレビノと。

京都大学法学部

京都大学で念願だった高坂正堯先生のゼミに入り、国際政治学を学びました。国際的なパワーバランスや抑止力など様々な事柄を学びました。そこで「国際関係はきれいごとなどではなく、力と力のぶつかり合いだ」という、「現実的な」政治学を徹底して教わりました。この時私は「パワーとは何か」に興味を覚えました。

NHKディレクターとして6年間勤務

東京のNHKに入って、ディレクターとして仕事しました。
今の世の中で何が問題になっているのかネタを探してきて、自分で切り口を考えて取材し、企画を立てるのです。それぞれの世界のトップの方や経営者、学者、行政マンに話をお話をうかがえたのは貴重な経験でした。
また情報についての基本を仕事を通じて学んだので、後に地方議員として仕事をさせていただいたときには、大変役に立ちました。
時々大阪に帰省したのですが、その時、東京にある活気が大阪にはあまりないことに気づきました。私が小さかったころの活気のある商店街の姿がもうなくなっていたのです。「これは一体なぜなのだろうか」という違和感を持ち、考え始めました。

フィリピンでの見聞

NHKでの仕事は充実していたのですが、夫がフィリピンに海外転勤になったので職場を離れることにしました。
フィリピンでは「本当の貧困」を目撃しました。生まれながらにして、線路のわきの空き地など低所得地域で生まれ、そこからはい上がることができない人たちです。そして治安状況も日本とは全く違いました。一方で日本とは比べ物にならないくらいの豊かさを享受する人々もいます。
性善説・性悪説以前に、人は経済という現実に引きずられるということは認めたくはないことですが厳然たる事実です。それが人間社会の現実であることをこの目で見て、政治の大切さを身にしみて感じました。フィリピンで得たものはとても大きかったのです。長女が生まれたのもこの時期です。
デイレクターという視点に母親としての視点が新たに加わりました。

政治家への入り口

帰国した私は、かねてから興味のあった政治の世界に入りたいと思ったのですが、わたしは政治家一族ではありません。政治家の秘書から始めようと思ったのですが、履歴書を持って代議士の方のところに面接に行くと、その場で「君にはいろいろな思いがあるようだから、秘書になるのではなくて自分の手で世の中を変えていくほうがいいよ」と言われました。
悩みましたが、そのころ私は日本の子育て支援策に疑問を持っていたこともあり、今、その疑問をどこかで問わなければという思いで、墨田区議会議員選挙に出ることになりました。結果は、だれもが驚く2位当選でした。
この時私は、やはり生活者目線でご家庭を訪問して「こんなことに困っている」という、既存の大政党や2世議員では拾うことのできない声をうかがい、それ
を政策として打ち出したことが、有権者のみなさまに評価していただいたのだと思います。

墨田区議

ホームレス実態調査

墨田区議としての私は、まず公約であった子育て支援として、新たに保育所に受け容れられるお子さんの枠を増やすことに成功しました。また、新たな保育所が設置されることにもなりました。
その他防犯対策や商店街振興などご近所のみまさまの声も行政に届けて改善を果たしました。
いくつかの政策を実現していく中で私が強く感じたのは、「地域活性化のためには地方分権しかない」ということでした。政治的な解決が求められている問題のいくつかは、市区町村で解決できる問題ではなく、全国一律に決められている法令による基準が地域の現状に合っていないことがあまりにも過ぎるからです。予算も含めて細かいことは各自治体に判断をゆだねるべきです。
つまり「国の構造から変えるべきだ」ということを、地方議員での経験を通して強く感じたわけです。

地元大阪から国政選挙へ

年金問題を筆頭に、「みまさまが困っている問題を本当に解決するためには国政を舞台にする必要がある」と思っていたころ、「国政選挙に出ないか」とのお誘いをいただきました。
墨田区のみまさまは、「墨田区の問題は全国の問題でもあるから」と快く送り出してくださいました。そこで私としては「生まれ故郷である大阪から国政に立候補したい」との希望を出しました。
そして、前回の郵政選挙で大阪15区から立候補しましたが、有権者のみまさまから貴重な8万2844票を頂きながら惜敗しました。

選挙の後、一度原点に戻ってひとりの母親として子育てに集中しました。その間、ママチャリ活動へのインタビューや講演にも積極的にお応えしました。講演を続けていく中で、子供を含めた生活の安全すべてに興味の対象が広がり、詳しく研究することができました。

そしていよいよ今回、大阪市から国政を目指して、ママパワーで力強く前進します。

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